府中市美術館 公開制作51 インタビュー
「返る 見る−彼は、川を渡り、仕事へ向かう−」


公開制作の作家として51人目にお呼びした利部志穂さんは、1981年生まれの若手でありながら
デビュー以来つねに注目を集め、数多くの展示に参加してきました。最近は海外での活動も始め、
ますます活躍の幅を広げる利部さんに、作品の背景やそこに馳せる想いを伺いました。

―作品の素材に廃材を使用されますが、その理由やきっかけを教えていただけますか。

 制作を始めた頃、彫刻制作のために粘土を使っていたのですが、粘土は最終的に金属やFRPなどに
置き換えねばならず、そうするとそれまで触っていた粘土と全く別物になってしまうのが嫌でした。
ずっと自分が触っていって形になった粘土と過ごした時間、素材と自分との関係の方に興味があったんです。
「創造者」として作ることへの疑問があったというか、現実の、ナマのものがそこにある、ということが
私にはおもしろかった。わたしが作り出す前にすでに色々なものはできていて、作るよりも発見したり
気付いたりする方が大事なんじゃないかと思うようになりました。
 最初の頃は自分が捨てられない物を素材にして、気持ちの入った物が断ち切られて「ただの物」になる瞬間を
作品にしようとしていました。街中の廃材を使うようになったのは、元の持ち主の癖や「誰かが使った」という過程が、
私にとっての「粘土を触っていく」ことと同じだと思ったからです。それを素材にすると、自分が一から
作り始めるよりも幅が広がるし、ずっと難しい。「生き物」として借りている感じでしょうか。
 拾った状況も重要で、場所やその日の光の加減や体調とか気分とか、場合によって異なる見え方を
作品に取り入れています。だから、物よりもそのときの自分の気持ちを使っているといえるかもしれません。
 ただし廃材にこだわっているわけではなく、素材に対する基準は特にありません。生活活動の中で使われる
特別でないものを使うようにしていますが、何であっても、ただの「かたち」、「要素」として見ています。

―作品の見せ方や素材の組み合わせで意識していることはありますか。

 当初から「立つ」ことを意識しています。粘土を置き換えるのが嫌だったのは、心棒を入れたりすることで
どんな形も作れてしまうからでもありました。素材に対する物理的な制約によってその時々でゆらぐもの、
設計図にはできないことに興味があります。具体的には素材を固定せず、そして単体では成り立たないように、
複数で互いに依存し合って立たせたりします。

―最後に、公開制作に向けた意気込みをお願いします。

 今まで知っていたものが全く違って見えるような発見のきっかけを、たくさん作っていく公開制作になればいい
と思っています。そのことをできるだけ誰にでもできるやり方、生活の中の動きでやってみるつもりです。
そうすると作品の「よさ」や「おもしろさ」よりも、見る側の「方法」が重要になってきます。公開制作では
私の方法が出てくるわけですが、見る人はそれとは別の、その人なりの「方法」を持っているはずで、
それを発見できるようなシステムを作っていけるものにしたいです。いつも自分で想像していなかった結果になるので、
そのときそのときの変化を探っていこうと思います。

(聞き手: 成相肇) 府中市美術館発行 リーフレットより抜粋

※展示は終了しましたが、府中市美術館 HPでは
制作のプロセスがご覧いただけます>>